羊草ーひつじぐさー

かみさま


 まどみちおさんの詩に「おんがく」という詩があります。

 そのなかに登場する「かみさま」が、私にとっては、昨日の「空間」そのもののように感じられるのです。


 神様は人間のような名前とドラマを持っているけど、かみさまは、たまさか人間に名前を付けられていても、ドラマを持っていない。
 私のなかではそういう区別があります。

 神様には好き嫌いがあったり、夫婦げんかがあったり、いいことをすればご褒美をくれたりする。
 力を使って、誰かの願いをかなえてくれたりすることもある。
 でも、かみさまには好き嫌いはないし、誰かとけんかもしないし、ご褒美をくれることもありません。
 願いもかなえてはくれないけど、いつだってありのまま、思う通りにいさせてくれる。
 
 こうして書いてみると、私はかみさまの方が、ちょとだけ好きみたいです。


 ひょっとすると、大昔に、私は神様とけんかをしたことがあるのかもしれない。
 神様の気に入らないことをして、叱られたことがあるのかもしれない。

 私は叱られるのが嫌いです。
 悪いと思ったら、自分から謝る。
 いうことを聞かされるのが嫌いなんです。


 かみさまは私を自由にしてくれるから、好きなのかもしれない。
 
 でも、自由ということは、なりたいことも、欲しいものも、自分で決めて動かなければならない。
 決めたことの責任も取らなければならない。
 
 かみさまはいつもそれを黙って見ていて、判断することはありません。
 なりたいことを「無理じゃない?」と言ったり、欲しいものを「それよりもこれの方が」と言ったりしない。
 結果が惨敗でも、「それ見たことか」とは言いません。

 ああ、こう書いていたら、私は昔、神様から「そら見たことか」と言われたことがあるのかなぁ、なんて思った。


 かみさまには会うことはできません。
 なぜなら空間だから。そこにあるすべてだから。

 神様とは会えたり、お話できたりするかもしれない。
 でもそうなら、友だちのように気楽に付き合いたいものです。









 
 かみさまだったら
 みえるのかしら

 みみを ふさいで
 おんがくを ながめていたい

 目もつぶって 花のかおりへのように
 おんがくに かお よせていたい

 口にふくんで まっていたい
 シャーベットのように広がってくるのを

 そして ほほずりしていたい
 そのむねに だかれて



                     まどみちお 「おんがく」

 

 
 

 
by hituji-gusa | 2016-07-03 00:30 | 日々の余白