羊草ーひつじぐさー

君の名は。

 
 夕空が、まるで新海誠さんのアニメの背景画のようだった。



b0110646_19351644.jpg



 絵のような、というのは逆なんだろうけど。

 アニメ一作品につき、一万枚の風景写真を参考に撮ると聞いた。
 目に見える世界の色や光、そして揺らぎまでもそこには表現されているように感じられる。

 今月末には新作のアニメが公開される予定。

 現実にはまだ出会ったことのない高校生の男女が、夢の中で互いに入れ替わりながら相手を知り、そして様々な気づきの果てに互いを探し始める、というストーリー。









 互いに入れ替わって互いを知る、というストレートな体験が実際にあるかどうかはわからないけど、これからは意識で先に出会うという体験をする人も出てくるんだと感じている。
 物語ることができることは、過去か未来か、どこかにきっと存在できる事実だと思うから。


 それぞれの魂は、それぞれの固有の波動を持っている。
 意識で先に出会うことができるのは、まさに自分と全く同じ波動を持つ相手なのではないかと。
 そういう相手に出会ったら、この世での体験はもう終わりなんだと思う。

 たくさんの生まれ変わりを繰り返し、たくさんの他人の中に自分を映しながら、少しずつ本当の自分の姿に気付いてその真実の自分自身を愛することができたら、もうそこは天国なんだろう。
 そんな最後の体験の中には、自分と真映しの魂を持ったもう一人の自分という異性との出会いがある。

 自分の本来の姿を突き詰めるのは、この世のあらゆる観念と概念を超えていく作業だから苦しいことも多いだろうけれど、誰もが皆、本来は自分と出会いたがっていて、誰よりも自分自身というものを愛したがっているんだと思っている。
 自分の本来の魂の波動を愛し抜けたとき、やっと本来の自分を生きることができる。
 そこには何の摩擦も、何の苦しみも必要なくなる。


 愛の本当の醍醐味は、他人を愛することよりも、自分自身を愛すること。
 それができるようになったとき、異性の姿をまとった自分自身が、奇跡のように目の前に現れる。
 そんな相手を愛さずにいられるわけがない。

 その人が目の前に現れたとき、でも実はずっと前から、自分の記憶を超えた遥かずっと以前から、その魂を自分は知っていたことを思い出すだろう。
 すでにいつの頃からか、意識はその魂と出会っていたことも思い出すのではないかな。

 そういうことが、スピリチュアルな絵空事ではなくなる時代になってきたんだと感じています。


 なぜ、この世には男と女がいるのか。
 なぜ、わざわざ魂を二つに分けて、この世を体験しているのか。

 もう一人の自分と再び出会ったときに、全てが理解できるのかもしれない。




 



 

 
 
 
by hituji-gusa | 2016-08-21 19:40 | 日々の余白