羊草ーひつじぐさー

カテゴリ:読書の時間( 13 )

まばたきとはばたき


 世界は私と同じ目線の上にしか存在しないと思っていた。

 風景も、かかわる人も、そこにあるように見えるから間違いなくそこにある。
 星がまたたく宇宙はいつも自分の上にあり、地上に立って仰ぎ見ることしかできない。

 いずれにしても、私の外に見えている世界が「世界」である。

 単純にそう信じていた。




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 でも、本当は自分の中にこそ広大な世界があって、外に見える世界は、自分の内なる世界のごくわずかな一部分が見せる、幻のようなものかもしれないと思い始めた。

 内なる広大な世界に目覚めてしまうと、外なる世界を自由にデザインすることもできるかもしれない。 

 私たちは瞬時に移動して、天空から地球を大きな目で自由に俯瞰することもできるし、地球上に存在する、いとおしいカタチをしたモノに視点を移して、ミクロのまなざしでそれと一体化することもできる。
 大きな世界と、小さな物質を、この世の概念をはずして一緒に存在させることもできるだろう。

 宇宙を航行するうつくしいアルミのスプーンを目にすることもできるだろうし、太平洋に半分身体を沈めた月を半月と呼んで、暦を書き換えることをするかもしれない。


 この人のなかではこういうことが起こっているのではないかな。






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 「ファスナーの船」

 飛行機の窓から東京湾を見下ろしたとき、海を進む船と航跡がファスナーのように見えました。
 それをきっかけにラジコン式のファスナーの船をつくり、公園の池の水面を「開き」ました。
 本物を違うのは、常に進むルートが決まっていないこと。



 実際、このファスナーの船は、瀬戸内海を人を乗せて「開いた」。
 

 さらに大きな旅客船に拡大して外海を開くことを夢見ています。
 あるいは小型のボートをつくり、澄んだ湖を静かに開いてみたいとおもっています。
 大陸の内側と外側、双方から地球を開いていくイメージです。







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 「りんごの天体観測」

 りんごの表面にある無数の斑点が星座のように見えました。
 中空のりんごの模型をつくり、表面に無数の小さな穴を開けて光源を仕込みます。
 すると穴から細い光が放射され、回転するスクリーンに無数の星々が浮かびあがりました。 



 今見ているのは、地球上にある無数のりんごのどれか一つから放たれた星空かもしれません。
 それをみつけて食べてしまったら、星空は消えてしまうのではないかと妄想を膨らませました。
 これまで地球上に生まれたりんごの中に、地球から眺めた星座と同じ「星座」をもったりんごがあったかもしれません。



 私は昔、りんごそのものが実は一つの宇宙かもしれないと思ったことがある。
 つやつやした赤い皮の内側には、私たちが住む宇宙と同じ単位で一つの宇宙が存在していて、私たちは何の気なしにそれを食べては、一つの宇宙をあっさり消し去っているのではないかと。






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 「スープの満ち欠け」

 スープが残りわずかになると、無意識にお皿を少し傾けたくなります。
 ある時、お皿の隅にのこったスープが三日月に見えました。
 スープの皿の底をあらかじめ傾けて、断面の形状を絶妙にコントロールすれば、その時々のスープが月の満ち欠けのように見えるのではないかと考えました。


 スープの月も本物の月も同じように地球に引かれています。
 スープ皿の底を這うように変化していくスープの形を眺めていると、潮の満ち引きなど、月と地球の引力の関係を連想しました。
 


 むむむ。





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 この本を読んでいると、なんだか懐かしくなる。

 子供の頃に住んでいた世界はこういうところだったような気がするから。


 概念のない世界から吹いてくる、かろやかな風のような。
 なつかしい意識からの、たのしいたのしいお手紙のような。

 そんな本。


  
  
                「まばたきとはばたき」  鈴木康弘  青幻舎
 



 
by hituji-gusa | 2012-01-04 21:17 | 読書の時間

温泉の本屋


 不思議な街だった。


 
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 道に迷ったので地図を探した。

 見つけた地図を眺めているうちに、自分の距離感が不安定になり、いっそう混乱した。




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 なぜかチャップリンが、おばあさんをつれて踊っていた。





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 この街の人たちには、三本目の足が生えているらしい。
 しかも、人間の足とはおもえない!
 



 
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 そんな不思議な街に、グッドデザイン賞を受賞した温泉があると聞いてやってきた。

 デザイナーズ温泉!






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 温泉には、小さな小さな本屋があった。

 お風呂に浸かりながら読む人のために、たとい濡れてもあんまり気にならないように古本という気遣い。
 ブックカバーもつけてくれるそうだ。
 私はのぼせるからやめとくけどね。 






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 温泉は、いわゆる美人の湯。
 ぬるぬるつるつるで気持ちのいいこと。

 33度の低温炭酸泉は、まったき炭酸で、これがまた身体によさそう。
 熱いの入ってぬるいの入って、熱いの入ってぬるいの入って、また熱いの入ってぬるいの入って。
 ちびと、ひゃあひゃあ言いながら、ずいぶん長いことおりました。

 600円で楽しく快適に長風呂。
 しかもデザイナーズ温泉は、外観も内装もシンプルで、気持ちよく長居できるグッドデザインなのでありました。






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 この温泉のマークが入ったオリジナルうちわもグッドデザイン。



 仏生山温泉は、高松にあります。
 まちのシューレに寄って、アーケードをぶらぶらして、それからコトデンでコトコト移動。

 仏生山は古い街並み。
 おいしいつけうどんのお店や、いい感じのカフェも。

 















 
by hituji-gusa | 2011-12-31 00:01 | 読書の時間

ブルーノ・ムナーリの本たち


 新しくできた本屋に寄った。
 その本屋には、奥のほうにちょっと大人のコーナーがあり、凝りのちょいきついかんじの本などが陳列してある。
 
 昨日からデザインの棚に張り付いて、原研哉の「白」を買おうかどうしようか迷いつつ今日も張り付いて逡巡した挙句、このような本を買いました。




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 「ブルーノ・ムナーリの本たち」。

 じつはブルーノ・ムナーリがどんな人なのかしらない。
 どんな仕事をしていたのか。
 絵なのか文章なのかとか、編集者なのか研究者なのか、とかもしらない。

 でも、どれもやっていたような人らしい。
 帰ってネットで調べてみたところによると。


 この本をなにげなく手にとってぱらぱらしてみたところ、なんだかわからないけれど、文字ともいえない、絵ともいえない、説明できない膨大な量の「情報」が私の小型の脳みそになだれ込み、しばしフリーズしてしまった。
 
 この本は、ブルーノ・ムナーリが制作に携わった(いろんなかたちで)本を、年号順に並べて紹介したものだ。
 この人の仕事が多岐にわたったように、ジャンルで分類ができなかったので、「最も退屈で、書誌学の参考書としてふさわしい年代順というもの」におちついたそうである。

 この本について説明はできないので、気になる人はどこかで出会ってください。


 ガウディの建築物をめぐると、同じような状態になる気がする。
 あれも一度に接すると、うまくいえないけど「膨大な情報量」に圧倒される感じになる。

 たとえば、地上にいる私が、その目線で仕入れる情報とはちがう。
 これまたうまくいえないけど、そのずっとずっと上の方、お空のうえのあたりに片手をのばしてさぐったら、ひょい、と自分に降りてくるような類の情報。


 さて、私に入ってきた情報はどこへ。
 




 



 
by hituji-gusa | 2011-12-21 00:01 | 読書の時間