羊草ーひつじぐさー

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今日も、


 気が付くと、近くに転がっている犬。


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by hituji-gusa | 2014-04-30 14:48 | 羊のこと

雨の午後


 雨が降ってきました。

 とても静かな午後です。



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 細い細い糸を紡いでいます。

 ちょっと飽きてきたので、次は、太い太い糸を紡ごうと思います。


 








by hituji-gusa | 2014-04-28 14:46 | 羊のこと

このごろの色


 いちごの赤とか。


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 かぶの白、セロリの緑とか。


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 バラの黄色とか。


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 このごろ身近にある色は、こんな感じです。

 









by hituji-gusa | 2014-04-26 22:28 | いろやかたち

覗き見



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 ちょっと開いた戸の隙間から、覗き見しているところを激写されたぼく。

 長い鼻先がじゃまで、実はあんまり見えていないのだ。



 



 




by hituji-gusa | 2014-04-24 14:20 | 本日のタロさん

激写



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 テーブルの下に潜んでいたところを激写されたぼく。

 狂犬病の予防注射。
 そろそろ行かなきゃならねえのだ。

 









by hituji-gusa | 2014-04-21 13:02 | 本日のタロさん

林の中の小さな図書館


 畦地梅太郎は版画家ですが、山歩きに関する画文集がいくつか出ていて、それがとても好きです。


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 春に出かけた旅先で、たまたま出会った畦地梅太郎。

 いつか、版画の常設がある場所を探していて、ネット上でたまたま見つけていたその場所が、泊まった旅館の系列で、散歩がてら行ける場所にあったのはとてもラッキーなことだった。
 それも着いてから知ったので、思わぬ贈り物をもらったような気分。



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 B・B・C長湯は、長期滞在型の宿泊施設。
 寝るためのお部屋と朝食を用意してくれる。

 そしてそこには、山岳図書を集めた図書館がある。
 林の中の小さな図書館。

 


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 私は本格的な登山を経験したことはなく、中国地方でいえば、夏の大山や蒜山縦走くらい。
 でも、どういうわけか山をテーマにした小説が昔から好きだったし、山岳図書と聞くとわくわくする。

 一歩一歩登る山道。
 苦しいのだけれどなぜか足は止まらず、先へ先へ行こうとする。
 大勢で行っても、歩いているときはひとり。
 歩きながらその「ひとり」が深まって、思考が落ちていく感覚。

 そういった感覚がなぜか親しくなつかしい。
 記憶として、自分の深いところに残っている感じがします。
 いつの、どこからやってきた記憶かはわからないけれど。


 畦地梅太郎の画文集は絶版になったものが多く、しかも図書館にも蔵書がない。
 旅から帰って、「せつなさの山」を古書で探して手に入れた。
 日々の合間合間に少しずつ開いて、楽しんでいます。

 朴訥な表現と、当時の風俗も見えて、やっぱりいいなぁと思う。
 作為はなく、思いつくことを思いつくままに書いているという感じ。
 タイトルにもなった「せつなさの山」は短い文章だけど、独り身の時、貧乏で、年の瀬にくる家賃の催促を逃れて友人宅に避難して仕事をしたり、お金がかからないよう山を歩いたりする話。
 きれいな山歩きの話ではないんです。
 




 
 
 




 

 
by hituji-gusa | 2014-04-17 10:50 | 読書の時間

夕暮れの桜



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 月を背に、淡々と。


 でも、ぼーっと耽る間もなく、春は過ぎていきそうです。












 
 

 
 
by hituji-gusa | 2014-04-10 14:06 | 日々のあれこれ

沈黙という形


 孤独と沈黙。

 そういったものを恐れ、避けることによって、私たちは有限という日常を生み出し続けてきたような気がする。
 そのなかでもがきながら、答えをいくら探してもこの世は対処におわれるばかりで、時間という謎にもからめとられる。

 無限とは、実は孤独と沈黙の先に確かに在るものだけど、それを知る人は少ない。
 本当の豊かさや安堵も、そこにあるのになかなか人はそこに触れようとしない。


 
 日常的に、孤独と沈黙に帰る方法を持っている人は、それを知っていると思う。
 そうして自分というものを消すことの価値を知っている人は。

 それは観念だけの話ではなく、この世を生きる上で形を伴ってくる実感として。
 実際満ち足りて穏やかな暮らしとして。

 でも、どういうわけか、なかなか人は孤独と沈黙を選ばないものだ。



 

 
 


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 眠る羊はすべてを知っているだろう。






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 少壮の狼もまた。





 
 クロヌマタカトシさんの個展に行ってきました。

 クロヌマさんの木彫は、沈黙がそのまま形になっていると感じます。
 沈黙というものを、美しく、しかも生き生きした形で見せられると、ただ「それ」が分かる、そんな気がするのです。

 
 見ていると、触れていると、どういうわけか気持ちが静かになって、自分というものが消えていく。
 その感覚に触れることができる。

 だから、クロヌマさんの彫ったものをそばに置きたくなる。





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 クロヌマタカトシさんの個展。

 香川のギャラリー「空とたね」で、今月20日まで。













 
by hituji-gusa | 2014-04-06 12:00 | いろやかたち